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東京地方裁判所八王子支部 昭和35年(ワ)152号 判決 1964年1月13日

判   決

東京都武蔵野市吉祥寺二八二八番地

原告

尾崎喜太郎

右訴訟代理人弁護士

国原賢徳

東京都三鷹市牟礼四六〇番地

被告

目黒孝清

右訴訟代理人弁護士

藤江忠二郎

右当事者間の昭和三五年(ワ)第一五二号建物収去、土地明渡請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙第三目録記載の建物(以下本件第三の建物という)を収去してその敷地である別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を明渡せ、被告は原告に対し昭和三四年四月一日より昭和三五年三月二五日まで月金六六四円同年三月二六日より土地明渡済に至るまで月金一六六〇円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告は昭和二六年一二月頃原告所有の本件土地を被告に対し賃貸借期間二〇年、賃料月金二四九円毎月二八日持参の約束で賃貸し、被告は原告の承諾を受くることなくして賃借土地上の工作物の増改築又は変更工事をしないとの特約をなし、賃料はその後値上げによつて昭和三四年四月一日当時坪当り月金八円合計金六六四円であつた。

被告は本件土地上に別紙第二目録記載の建物(以下本件第二の建物という)を建築所有していたところ、昭和三四年三月頃原告に無断で本件第二の建物の増改築工事又は変更工事をなし本件第三の建物となした。

よつて原告は被告に対し昭和三四年四月八日附内容証明郵便を以て前記特約に基き右増築にかかる部分を二週間以内に取毀して増築前の建物に復するよう、さもなくば賃貸借契約を解除する旨催告したが被告はこれに応じなかつたので、原告は被告に対し昭和三五年三月二四日附同月二五日到達の内容証明郵便を以て本件賃貸借契約を解除する旨通告した。

よつて本件賃貸借契約は同日を以て解除となつたので、前記特約に基く解除により終了したものである。

仮りに前記特約が無効であるとしても被告の前記増築工事は前記賃貸借契約又はその目的物の性質により定まりたる用法に従いその物の使用及び収益をなし善良なる管理者の注意を以て目的物を保管する義務に違反したもので、前記主張のとおり原告は被告に対し相当期間を定めて原状回復を催告したがこれに応じないので前記主張のとおり本件賃貸借契約を解除した。

従つて本件土地を使用する権原を失い本件土地を原告に返還すべきであるのにこれが明渡しをしないので原告に坪当り月二〇円の割合の合計金一六六〇円の賃料相当の損害を蒙らせ且つ昭和三四年四月一日よりの賃料も支払つていない。

よつて原告は被告に対し本件賃貸借契約の解除を原因として、本件第三の建物を収去して本件土地の明渡しと昭和三四年四月一日より昭和三五年三月二五日迄月金六六四円の延滞賃料と、同月二六日より土地明渡済に至るまで月金一六六〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

立証(省略)

被告訴訟代理人は主文同趣旨の判決を求め、答弁として被告が原告より本件土地を賃借して本件第二の建物を建築所有し昭和三四年四月一日当時の賃料は坪当り八円の割合であつたこと被告は本件第二の建物の増築工事をなし本件第三の建物となし、原告より昭和三四年四月八日附内容証明郵便を以て右増築にかかる部分を二週間以内に取毀して増築前の建物に復するようさもなくば賃貸借契約を解除する旨催告を受け、更に昭和三五年三月二四日附同月二五日到達の内容証明郵便を以て本件賃貸借契約を解除する旨通告を受けたことは認めるが、その余の主張事実は全て否認する。賃料支払の時期は毎月末日まで或いは半年ごとというように常識的に相当な時期に支払うという暗黙の合意がなされていたものである。

仮りに増改築をするには地主の承諾を要するとの特約があつたとしても右特約は借地法第一一条によりこれを定めざるものと看做されよつてこれが特約に基く本件賃貸借契約の解除は無効である。

尚原告の請求する昭和三四年四月一日より昭和三五年三月二五日までの賃料については原告において高額の値上げを要求し従前の約定賃料では受領しないこと明白であるので被告は昭和三四年一月分より同年六月分までの合計金四五三〇円を昭和三四年七月一三日に、昭和三四年七月分より同年一二月分までの合計金四五三〇円を昭和三五年二月八日に、昭和三五年一月分より同年六月分までの合計金四五三〇円を同年六月八日にそれぞれ弁済供託したものである。

立証(省略)

理由

被告は本件土地を原告より賃借して本件第二の建物を建築所有し、昭和三四年四月一日当時の賃料は坪当り八円の割合であつたこと、被告は本件第二の建物を増改築工事をなして本件第三の建物となし、原告より昭和三四年四月八日附内容証明郵便を以て右増改築にかかる部分を二週間以内に取毀して増築前の建物に復するよう、さもなくば賃貸借契約を解除する旨催告を受け、更に昭和三五年三月二四日附同月二五日到達の内容証明郵便を以て本件賃貸借契約を解除する旨通告を受けたことは当事者間に争いない。

そこで右増改築行為に基いてなした原告の本件賃貸借契約の解除の効力について判断する。

先ず仮りに原告主張の通り原被告間に原告の承諾を受けることなくして本件土地上の工作物の増改築又は変更工事をしないとの特約がなされたとして、右特約は借地法第一一条によりこれを定めざるものと看做されるか否かについて考察する。

たしかにこの様な特約は賃貸人において賃借人が建物の朽廃による賃貸借の消滅を防ぐ意途を有するのを制限し、或は建物買取の費用の軽減の目的を達していることは否めないところであるが、借地法第一一条は同法第二条第四条乃至第八条及び第一〇条の規定に反する契約条件で借地権者に不利なるものはこれを定めざるものと看做す旨規定し、同法第二条第四条乃至第八条は宅地利用関係の継続を確保し地上建物の社会経済上の効用を全うせしめる目的を有し、同法第一〇条は借地上建物の所有権を取得した第三者に買取請求権を附与し、宅地利用関係を基礎として築き上げられている借地人の社会生活関係を保障しようとするものであり、且つ同法第七条では借地権の消滅前建物が滅失した場合に於て残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対し土地所有者が遅滞なく異議を述べなかつたときは借地権は建物滅失の日より起算して堅固の建物に付ては三〇年間其の他の建物に付ては二〇年間存続する旨規定し、異議を述べなかつた場合は新しく建てた建物の存続期間が滅失した建物の残存期間を超えて存続すべきものであるときは賃借権は残存期間以上に存続することになり、又異議を述べた場合に於ても非堅固建物所有のための借地権者が用法違背の堅固な建物を築造した場合とか、或は一般住宅を目的とする借地契約の場合、工場(種類にもよるが)を建築したという場合は格別、用法違背とならない建物の築造の場合に於てはその異議によつて単に同条の定める期間の延長を阻止する効力を生ずるに止り、借地権は残存期間中依然存続し、借地権者は築造を中止する要なく、賃貸人は工事を禁止する権利を有しないのである。即ち同条の趣旨並に同法第二条第四条乃至第八条、第一〇条によれば借地権者は賃借期間の存続中は契約で定められた目的の範囲内で自由に当該土地の使用収益し得るものというべきである。

一方賃借人が地上建物の朽廃を防ぐためこれに増改築を加えたとしても増改築の程度では賃貸借契約は永久に存続することも考えられないので建物の増改築行為により賃貸借契約は永久に存続するとの考慮は杞憂に過ぎないし、増改築によつて地主にとつて建物朽廃による借地権消滅の好機を失い事実上賃借期間が延びる結果となつたとしてもそれは建物保護という国家経済上の目的よりすればその不利益は地主において負担すべきものであるし、又建物の増改築により建物の買取金額が増大され事実上その買取が困難となつたとしても法律上それは価値多きものを地主において取得することとなるからこれにより地主に不当に損害を与えるということにはならない。

もし賃借権者にして更新拒絶を不当に排除するためとか、地主をして不当に建物買取の負担を増大せしめる意途を以て増改築した場合は更新拒絶の正当事由の判断において斟酌すべく、又買取請求権の濫用ともなるものである。

以上述べたとおりもし地上建物の増改築の種類構造が借地契約に定められたそれと異る場合例えば、堅固の建物の所有を目的とする土地の賃貸借において増改築されたものが堅固な建物であるときとか、一般住宅用の建物の所有を目的とする土地の賃貸借に於て工場建物(種類にもよるが)に増改築されたときは用法違背となり、賃貸人は特約のあるなしに拘らず所定の手続を経た上これが契約を解除し得るものというべく、本件特約が用法違背の増改築を禁止する趣旨であればその部分においては有効であるが用法違反とならない建物の増改築に於てもこれを禁止する趣旨であれば、その部分に於ては借地法第二条第四条乃至第八条第一〇条に於て一面地上建物の社会経済上の効用を全うするため賃借人をして建物所有のためにする使用収益の権能を完全に享受せしめ、他面宅地利用関係を基礎として築き上げられた借地人の社会生活関係を保障せんとする規定に反する契約条件であり、借地人に不利益なるものであるのでこれを定めないものと看做すのが相当である。

そこで本件についてみるに弁論の全趣旨並に原被告本人尋問の結果によれば本件賃貸借契約は非堅固の一般住宅を目的とするものであり増改築された建物も非堅固のアパートとはいえ一般住宅を目的とするものでその間に何等の用法違背も認められない。

右認定を覆す証拠は他にない。

よつて前記特約の存在を前提とする本件賃貸借契約の解除は無効であるので原告のその点に関する主張は理由がない。

又前記認定の通り被告の本件増改築が権利の濫用とならないことも明らかである。

更に原告は被告の前記増改築は賃貸借契約又は目的物の性質により定まりたる用法に従いその物を使用収益する義務に違反するので右債務不履行に基き本件賃貸借契約を解除した旨主張するが本件は土地の賃貸借契約であり、前記認定の通り被告の増改築は用法違背にはならないのでこの点に関する原告の主張も理由がない。

次に原告の被告に対する昭和三四年四月一日より昭和三五年三月二五日まで月金六六四円の割合による延滞賃料の支払を求める請求について判断する。

(証拠―省略)によれば次の事実が認められる。

本件土地の賃料は被告の妻訴外目黒ヒデヨが常に持参して支払つていたのであるが、昭和三二年五月分についてこれを持参して原告に受取り方要求したが、賃料値上の交渉があり従前の賃料ではとの理由で受領を拒絶された。

そこで被告は昭和三四年一月分より同年六月分まで一ケ月金七五五円の割合による六ケ月合計金四五三〇円を昭和三四年七月一三日に、昭和三四年七月分より同年一二月分迄一ケ月金七五五円の割合による六ケ月合計金四五三〇円を昭和三五年二月八日に、昭和三五年一月分より同年六月分迄一ケ月金七五五円の割合による六ケ月合計金四五三〇円を昭和三五年六月八日に、それぞれ債務履行地の供託所である東京法務局武蔵野出張所に適法に供託をなし、その結果被告の昭和三四年一月分より昭和三五年六月分迄の賃料債務は消滅したものである。

而して右認定を覆す証拠は他にない。

そうすると原告の被告に対し昭和三四年四月一日より昭和三五年三月二五日まで月金六六四円の割合による延滞賃料の支払を求める請求も理由がない。

次に原告の被告に対し昭和三五年三月二六日より月金一六六〇円の割合による賃料相当の損害金の請求を求める点であるが、前記認定の通り被告は正当な権原に基いて本件土地を占有しているので損害金の支払をなす義務はない。

よつて原告の本訴請求は爾余の点については判断するまでもなく全て理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所八王子支部

裁判官 西 村 四 郎

第一ないし第三目録(省略)

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